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書評が『Fuji Sankei Business I 』(2019年1月7日号)に載りました

空のお弁当

謝志強 作 木村淳 訳

 

 阿根(アーケン)席はキャビンの後ろのほうだった。通路のはしにスチュワーデスが食事のワゴンを推し出すのが見えた。まもなく乗客に食事が配られるとアナウンスがあった。前回のホテルのビール、地上の汽車、水上の汽船では、食事はすべてやけに高かった。だとすると、空の飛行機の弁当はもっと高いに違いないと阿根は思った。

 阿根は目を閉じ、居眠りをしているふりをした。実は、彼の耳はだんだん近づいてくるワゴンの音をすでにとらえていた。隣の乗客が手でひじをつつくので、目を開けると、スチュワーデスが紙の箱をさし出していた。彼は慌てて手を振り、腹もちょっとさすり、そのうえ手を横に振って、首も横に振り、口を指さして、腹が空いていないことを示した。さらに、本当のゲップでも出てくれないかと期待した。スチュワーデスは無理には勧めなかった。

 自分のこの行動は思い切っていて間違っていないと阿根は思った。たしかに、あの時はホテルのビールはタダで飲めると思ったため、一家の一週間分のめし代を飲んでしまったのに等しかった。だが、阿根は目のはしで、隣が開けた弁当の箱をちらちらと見た。中にはひねったようなパンが一つ、丸いパンが一つ、それに果物の砂糖漬けが一袋、小さな入れ物に入ったいろいろなおかずが入っていた。そういう食べ物は高い空に上がると、その値段もきっと何倍にもなるに違いない。阿根は考えた。これっぽっちのものは、まったく腹の足しにもならないが、自分の孫娘がこんな食べ物を見たら、きっと喜んで跳んだりはねたりするだろう、まるで花のまわりを飛び回る蝶のように。

 阿根はこういう弁当の値段を聞いてみたくなった。彼は声を出さず、誰かに彼が食べたがっていると思われないようにした。隣は丸いパンを一つ置き、気に入らなかったようで、ナプキンで口をふいて、弁当箱に押し込んで、フタをした。

 しばらくして、スチュワーデス(その口は、彼に家のさくらんぼを思わせた)が弁当箱を回収に来た。阿根はいくら取るか注目した。スチュワーデスは代金を受け取ろうとしなかった。彼は隣がパンが一つ入っている弁当箱をそのまま渡してしまったのが惜しかった。彼はどうしても知りたかった。あの弁当はいったいいくらなのだろうか?

 機内は、どの席も人が座っていて空席はなかった。彼は、たぶんスチュワーデスは仕事が一段落したら金を集めに来るのだろうと予想した。ここは、町中のめし屋のように出たり入ったりする時にごまかすことはできない。飛行機からとび出してどこへ逃げることができるだろうか? 命がいらないなら話は別だが。だんだんと、彼は少し落ち着かなくなってきた。どの乗客が自分と同じように弁当を拒んだのか、自分には分からない。とすると、自分が弁当を受け取らなかったことを誰が証明するのだろうか?

 彼はそれをはっきり言えないことが心配になって、隣に笑って話しかけた。あとどのくらいで飛行機は着陸するんですか? 隣は言った。放送で知らせてくれますよ。たぶんあと一時間くらいでしょうね。

 彼は言った。たった今、あなたは食事をなさいましたね?

隣は言った。もちろんですよ、飛行機だったらあれを食べる以外にないでしょう?

彼はうなずいて、腹一杯のふりをして、言った。飛行機に乗る前に、私は腹につめこみましてね、あなたも見たでしょう、私は飛行機の弁当は食べていません。

隣は言った。普段あまり食べないものですか?

彼は言った。私は家の白いご飯が好きなんですよ。よくかむとうまいんです。

隣は言った。自然食品ですね。

彼は何と言うかためらったが、気を良くして、そうそう、その通りと言った。

隣は言った。あなたはA市に親戚がおありですか?

彼は言った。農民絵画展に参加するんです。

隣は初めて彼のほうを見て言った。あなたは絵をお描きになる?

彼は言った。野良仕事をする農民が、暇な時に適当にやるんです。楽しいですから。

隣は言った。A市の絵画展に参加できるということは、あなたはかなりレベルが高いということですね。

彼は手を振って、いい加減ですよ。ところで、あなたは私がさっきあの弁当を受け取らなかったのを見ましたよね。

隣は言った。A市があなたを迎える待遇はきっと上等なのでしょうね。

彼は言った。まあまあでしょう。さっきのあの弁当は私の孫娘を喜ばせるにはまあいいでしょう。あなたは見ましたよね、私が受け取らなかったのを。

隣は言った。あなたはお幸せですね。

放送では乗客に飛行機が降下し始めたことに注意をうながし、地上の温度も告げていた。阿根はずっとスチュワーデスの方を見ていたが、金を集めるのを忘れてしまったようだ。彼女達がこの勘定を見逃すはずはない、きっとキャビンを出る時にめし代を取るのだろう。あんなふうに一つのドアから外に出るんだから。

阿根は通路側の席に座っていた。立ち上がってかばんを背負い、時々後ろを振り返って安心した。隣のあの中年の男が彼の後ろについて来ていたからだ。出口まで来ると、スチュワーデスはとても丁寧に乗客に言った。ありがとうございました。またのご搭乗をお待ちしております。

阿根は不安だった。なぜめし代を取らないのか? きっと、空港の出口で集めるのだろう。彼はわざと足取りをゆるめ、隣の席の男の後ろにくっついて歩いた。もし離ればなれになってしまったら、自分が弁当を食べていないと誰が証明できるだろう。彼はその男のカバンを持とうとさえ言った。男は彼に大丈夫ですよと言った。

彼は相手の目に警戒心が表れたのを見てとった。彼はやはり進んで話しかけた。山では五十キロほどの竹を引っぱって五キロを超える山道を歩くのですよ。出口を通り過ぎたが、彼が想像していた弁当代を集める人はいなかった。この世の中にこんないいことが他にあるか? タダ食いだ。

彼は隣の席の男と別れる時に言った。飛行機の食事はタダですか?

男は言った。金をとらないとは言うけれど、実はチケット代に含まれていたのです。

彼はあの弁当を受け取らなかったことを悔やんだ。少なくとも、彼は飛行機の弁当の味を語ることができない。彼は初めて飛行機に乗ったのだが、孫娘に高いお空の上ではどんな食事なのか聞いてきたら、その時に彼はなんと答えるのだろうか?

 

 原題 「天空上的盒飯」