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書評が『Fuji Sankei Business I 』(2019年1月7日号)に載りました

生死の境目

袁炳発 作 阿部晋一郎 訳

 

 乞食は毎日ある大型スーパーの前で、行き交う人に物乞いをしていた。そのうち乞食はこのスーパーの社長が金持ちのマダムであることを知った。

 ある日、大雨が降っている中、マダムは傘をさしてスーパーから出てきた。乞食は雨をものともせずにマダムの方へ行って、うつむいたまま両手を差し出した。

 マダムは少し驚きながら、百元の紙幣を取り出して乞食に渡そうとしたちょうどその時、突然空にひとすじの青い光が走った。この光がきらめくと、乞食とマダムは同時に足元の地面がグラグラと揺れるのを感じ、その瞬間二人は揃って暗闇の世界へと倒れこんだ。

 どのくらいたっただろうか、乞食とマダムは同時に意識をとり戻した。暗闇の中で乞食の両手はマダムの頭をしっかりと守っており、彼女は心に暖かいものがあふれ出すのを感じた。

 乞食は両手をマダムの頭からどけた。無意識のうちにその両手はマダムの手にぶつかり、マダムの手にしっかりと何かが握られていることがわかった。この時、マダムはちょっと身じろぎをすると、手につかんでいるものを乞食の手に渡した。マダムが乞食の手に渡したお金は、地震が起きたときに施そうとしたものだったのだと、彼にはわかった。

 暗闇の中でマダムはせつなくやるせないため息をついて、言った。

「ああ、本当に死ぬも生きるも運命だわ!」

乞食は言った。

 「財産も地位も天命のままです」

その後二人とも言葉は無く、暗闇の中、ドキドキするような静けさの中で黙りこくっていた。やがて二人は深い眠りについた。乞食が先に目を覚ました。目が覚めた乞食はすっかり腹がすき、のどもからからに渇いていることに気づき、胸元にさげた汚れたかばんの中から、わずかに残っているパン一つとペットボトルに半分残った水を探り出した。乞食が手にパンを持って食べようとしたその時、突然マダムのことを思い出した。マダムの命は自分の命よりも値打ちがある。そう思うと、乞食は生還の望みをマダムにも残すことにした。

 そこで乞食はパンと水をそっとかばんの中に戻した。

 その時マダムが目を覚ました。目覚めたマダムはぐったりした様子で尋ねた。

「お腹がペコペコだわ。食べるものはないかしら?」

 乞食は言った。

 「このパンをあなたは一度に二口だけしか食べてはいけません。なぜなら私たちはこのパンで命をつながなければならないのです。私たちの命が一日延びれば、生還する望みはそれだけ大きくなります。きっとだれかが助けに来てくれると私は信じています。」

 マダムはそれを聞くとうなずき、素直に乞食が差し出したパンを受け取り、二口だけかじった。それから乞食はさらにマダムに水を一口だけ飲ませた。・・・・・・このようにして彼らはパン一つと残り半分の水だけで、生死の境を七日七晩頑張った。

 早朝、乞食とマダムは意識がなくなるくらいお腹がすいていた。

 二人は横たわり、死がやってくるのを待っていた。

 「結婚はしているの?」

マダムは突然とても低い声で乞食に尋ねた。

 「してません。」

 乞食は元気なく答えた。

 「あなたは女がどういうものか知っている?」

 マダムがまた尋ねた。

 「知りません。」

 乞食は答えた。

 「死ぬ前に女がどういうものか知りたいと思わない?」

 マダムがまたすぐに尋ねた。

 「知りたいです。」

 乞食は答えた。

 「それじゃあ、おいでなさい。」

 そう言い終わると、マダムは乞食の手をとって引き寄せ、自分の乳房に持ってきた。

 乞食が夢中になってマダムにキスをした時、突然頭の上でガタンという音が聞こえ、続いてまぶしい白い光が差し込んできた。乞食がまだ何が起きたのかわからずにいると、マダムはひどく気を昂ぶらせ、乞食をぐいっと押しのけて、言った。

 「ほら、助けが来ているのよ。」

 白い光のすき間はだんだん大きくなった。人びとが乞食とマダムを救いだした時、二人とももう意識は朦朧としていて、救援の人びとはすぐに彼らを病院へ送って救急措置をした。

 乞食とマダムは半月入院した。

 退院後、乞食は以前どおりに乞食であり、マダムは以前どおりにマダムであり、二人ともこの地震のために何一つ変わることはなかった。

 ある日、乞食がマダムのスーパーの前で物乞いをしていると、マダムがやってきた。マダムは乞食を一目見ると、眉を少ししかめ、それから乞食のほうへ行き、彼に言った。

 「さあ、私の車に乗って。ごちそうするわ。」

 乞食はマダムの車に乗った。マダムが運転する車は郊外のバスターミナルにあるレストランへ来た。レストランの個室で、マダムは料理をいくつか注文し、それから乞食と自分に酒を注ぎ、グラスを挙げて乞食に言った。

 「さあ、私たちが生き残ったことに乾杯!」

 乞食は満面に驚きの表情を浮かべ、マダムと共にグラスの酒をあけた。食事をし、マダムは勘定をした後、かばんから小切手を取り出し、乞食に渡して言った。

 「この小切手の金額は、あなたが一生困ることのないものです。この小切手を持って、この町から遠くに行ってほしいの。地震の時の事は……、永遠にあなたの記憶から消して欲しいの。」

 マダムにとって思いがけないことであったが、乞食はその小切手を受け取ろうとはしなかった。

 乞食は小切手をマダムに返して言った。

 「安心して下さい。あの日の白い光がきらめいた後、私は地下で起こったことを全部忘れてしまいました。」

 言い終えると、乞食は立ち上がって店の外の通りへと歩いていった……。

 

 原題 「生死之間」