莫言 作 渡邊晴夫 訳
彼がロバを棗の木につなぐと、ロバの子は乳が飲みたくてぶつかるように跳んできた。母ロバはうるさそうになんどか体を避けてから、ロバの子が飲むままにさせた。彼は木のそばの井戸から桶一杯の清水をくみ上げると、着ているものを脱ぎ、柄杓で水をすくって、頭からかけた。水は冷たく、彼はくしゃみをし、身体を震わせた。母ロバは何か言いたそうにじーっと彼を見た。
その時、黒い顔をした、太った大柄な女が木の桶を提げて井戸端にやってきて、彼の前に立つと、冷やかに言った。
「まったくあんたはひどく涼しそうだね!」
彼はあっと驚き、手に持った柄杓を地面にとり落とし、顔に恥ずかしくてたまらないという表情をうかべた。女は言った。
「去年あんたがしたことを今でも覚えているかい?」
彼は首を振って言った。
「あの時わしは飲み過ぎて、夢を見ているみたいだった。」
女は言った。
「男女のことは、もともと夢みたいなもんだが、あんたは何を弁解するのかね?」
彼は地面からロバの糞をつかみ上げて言った。
「あんたの言うとおりだ。わしは弁解はしない。」
そのまま彼はロバの糞を口に押しこむと、むにゃむにゃと言った。
「わしは弁解はせん。すべてあんたの言うことを聞く。さあ言ってくれ。」
その女は首をふって言った。
「あんたはロバの糞まで食べた。私にこれ以上言うことはない。私は言わないことにした。」
原題 「井台」