劉国芳 作 松野敏之 訳
あたかも一夜のうちに、山の樹々がすべて切り尽くされてしまったかのようだった。数日前、山にはまだ多くの樹々が生い茂っていた。彼は山に来るのが好きだった。春には花が色鮮やかに咲き誇り、薔薇、桃、クチナシが山野に満ち満ちていくのを眺めた。秋には山全体が紅葉し、楓やナンキンハゼの葉はすべて紅く染まり、あでやかに凝らされた粧いを目にすることができた。山ではきれいな景色を眺められるだけでなく、美しい音色も聞こえてくる。鳥のさえずりは、歌声のようであった。ところが今や山の樹々は全て切り尽くされてしまった――それは一部分だけが切り尽くされたというものではなく、山中の樹々がすべて切り尽くされ、ただハゲ山が残されているだけだった。
これはいったい誰の仕業なのか。なぜ山の樹々をすべて切り尽くさなければならないのか。彼は誰か人を探して質問してみたかった。人、ということが頭に浮かぶと、彼は誰かの話し声が聞こえてきたような気がした。しかしその話し声はとても遠く、聞こえるような聞こえないようなものであった。彼は周囲を見まわし、話をしている人を見つけたいと思いながら、目にすることはできなかった。それどころか、話し声も聞こえなくなってしまった。いくらも経たないうちに、また話し声が聞こえてきた。彼は声の方に従って見に行くと、今度は、遠くに人影が見えた。二人いて、そこに立ったまま話し合っているようだった。もちろん遠く離れているため、その二人が何を話しているのかはっきりとは聞き取れなかった。しかし、近づきさえすれば、彼らが何を話しているか分かるであろう。彼はただちにそちらへ向かって歩き出した。ところが不思議なことに、近づいていけばいくほど、声の方は逆に消え失せ、全く聞こえなくなってしまう。さらに近づいていくと、そこに立っていたのは二人の人ではなく、二つの枯れた切り株だとわかった。遠くから見ると、二つの切り株が、向かい合って立ち話をしている二人の人間のようだったのである。彼は近づいていき、一本の樹を撫でながら問いかけた。さっきは、あなたたちが話していたのですか?あなたたちは何を話していたのですか。人間が樹々をすべて切り尽くしたことに抗議していたのですか?樹は彼に答えることはできなかった。一陣の風が吹き、枯れ木から一枚の葉がひらひらと舞い落ち、まるで彼にうなずいているかのようだった。
突然、また話し声が聞こえてきた。今度は、彼が来た方向から聞こえてきたのである。彼は急いでふり返り、やって来た方を見たが、依然として人は目に入らなかった。空山 人を見ず、但〔た〕だ人語の響きを聞く(1)。彼は山ではいつもこのような状況に出くわした。しかし今や樹々は切り倒され、ハゲ山が残っているのみで、どうして人が見えないということがあろうか。話し声は断続的で、聞こえるか聞こえないかのようなものであったが、彼はさらに声の聞こえてくる方向へ向かって進んでいった。しばらく歩くと、彼は人を見たような気がした。何人かの人々がそこに立って話をしているようであった。ところが近づいて見てみると、それは人ではなく、やはり何本かの枯れ木であった。
彼は少し疲れを覚え、一本の枯れ木のもとに座った。
突然、彼はまた人の話し声を聞いた。その人は言った。「全ての樹々は切り倒されたよ。」
彼は尋ねた。「なぜ樹を切り倒そうとするんだろう?」
その人は言った。「君は知らないのかい?」
彼は「知りません。」と答えた。
その人は言う。「山の下に製紙工場が建てられたんだよ。」
彼は山の下を見ながら、「見えません。」と言った。
その人は言う。「我々はみんな見えているのに、どうして君には見えないんだい?」
彼も不思議に思って、大きく目を見開いて山の下を見てみたが、一羽の鳥が見えただけだった。一羽のハゲワシが彼に向かって飛んできているようだった。彼は驚きおののいた。驚くや否や、彼は意識を取り戻した。彼は枯れ木のもとに座っていた。近くに人はなく、ただ枯れ木があるだけだった。彼は樹のもとで眠り込み、夢の中で樹と話していたのだった。
もちろん、近くにはハゲワシもいなかった。
鳥はいたのである。一羽の鳥が、彼が立ち上がった時、彼の頭の上に飛んできて、ピーチクパーチクと鳴いた。彼は鳥が何を言っているのか分からなかったが、推測することはできた。鳥はきっと彼らの棲家となる樹々がなくなってしまったと話しているのだろう。鳥はきっとこのように話していて、ようやく彼の上にとまり、彼のことを一本の樹木だと思い込んだのである。
鳥がまた一羽飛んできた。彼は腕を伸ばし、鳥を彼の手の上にのせてやった。
一羽の蝶がひらひらと飛んでくると、彼はまた手を伸ばして、蝶を自分の手の上で休ませてやった。
この時、二人の人間が歩いてきた。二人の人間はどちらも手に鉈〔なた〕を持っていた。彼らは二羽の鳥と一羽の蝶がとまる樹木を目にした。彼らのうちの一人が言った。「ここにまだ樹があった。」
もう一人は何も言わず、ただ鉈をふり上げた。彼は当然この二人を見ていたが、一人が鉈を持ち上げた時、「おまえ達は人間も切るのか?」と大声を出した。
彼が言葉を発すると、鳥は飛び去り、蝶もひらひらと飛んでいってしまった。
(1)王維の五絶「鹿柴」に見える句。
原題 「但聞人語響」