凌鼎年 作 塚越義幸 訳
阿成は、あだ名を「一根筋(融通の利かない奴)」と言う。
彼がもっともよく耳にする評判は、「頭が固い」、「南の壁(行き止まり)にでもぶつからないと、あきらめない」、「空気の読めないガキ」などだ。
阿成は、そんな陰口は気にせず、「大学を卒業してもう二年以上経ったのに、どうして大人になれないんだろう?でも仕方ない、それはそれ、自分にはやましいところがないんだから、いいのさ。」と思ってしまう。彼も全く後ろめたさを感じていない。
阿成は、本当におとなになれるのだろうか?
これから事例を挙げるので、みなさんでご判断を。
第一話
それは、阿成が局に勤めてから半年後のある日ことであった。その日は、上部から指導者が来て、局長はお昼に飲み過ぎてしまったのだろう。午後、彼はその指導者と見回りをしている時、わざわざトイレに行って、冷たい水で顔を洗った。トイレから出てくると、彼はすっかりお酒が醒めたかのようであった。その時阿成は突然言った「局長!前、前!」と。局長はどうしていいかわからず、怪訝そうに阿成をちらっと見た。「大門って何だ? 私は公明正大な局長なのだから、あいつに騒ぎたてられることなど、なにもないはずだ」と彼は考えていたのだろう。
阿成は、局長が自分の言いたいことが理解できてないと思った。局長は「前」の意味を取り違えていると考え、とっさに「局長、ズボンのチャックが、開いてますよ」と口をすべらせてしまった。
局長は、下を見て驚いた。何とさっきトイレに行った後、チャックを閉めるのを忘れてしまったのだった。大勢の前で、特に上級指導者やテレビ局の記者・新聞記者・アシスタントなどが揃っているところで恥をかかされ、彼は顔が真っ赤になって、気まづい思いをさせられた。
このことがあった後、誰かが阿成に言った「おまえは何て奴だ。どうしてそんなに、空気の読めないガキ
なんだ。こっそり教えてあげればいいのに、大衆の面前でバラしてしまったもんだから、局長に恥をかかせたばかりではなく、面子も潰したことになったんじゃないか?」と。
阿成は、親切があだになることがわかった。でも、彼にはわからなかった。君らは何も言わないで、局長の権威を守り、局長のイメージを壊さなかったなどと言うのではあるまい?君らは、みんなおとななのか?
第二話
局長は、数文字読むうちに、決まって読み間違えをする。たとえば、「咄咄(duo duo)怪事(さても不思議な出来事)」を「出出(chu chu)怪事」と、「酗(xu)酒(酒におぼれる)」を「凶(xiong)酒」と、「忐忑(tan te)不安(おどおどする)」を「上下(shang xia)不安」と…それぞれ読んでしまう。
これらの間違えは、局長が何年か前から起こしていたことで、もはや驚くことでもなく、笑うに笑えない
ことになっているのだ。
阿成は、ある時局長が報告をするのを聞いた。その時局長は、「吹毛求疵(毛を吹いて疵を求む)」を「吹毛求比」と読んでしまった。阿成はその場で立ち上がって、読みを正そうとしたが、そばに座っていた事務室の主任に引き留められた。主任はひと言「君はいつになったら、大人になれるんだ?」と。阿成はやむなく腰を下ろして、ずっと黙っていた。
その後、阿成は局長の発表原稿を書いていて、タイミングよくその「吹毛求疵」の語を使うことになった。阿成は、局長がまたそれを読み間違っては困ると思い、あとに括弧付きで、「求比(bi)」ではなく「ci」と読むようにと書き加えておいた。その日、局長が登壇して話をした時、彼はあまり細かいところまでは気にせず、原稿に随って読み進めた。そして、括弧内の文まで読んでしまった。あいにく、局長はピンインがよく分からず、読めなかったのか、困った様子で「求比(bi)ではなくて、求…」と言った。下で聞いていた人は、耐えられなくなって、大声で笑い出した。
そのあと、局長はひどく恥をかかされたと感じ、阿成に対しての処分を決め、彼を地方に移して、再教育を受けさせることにした。阿成は、はっきりと覚えているが、指導者が彼にはっきりと「これは下放ではない、再教育なんだ。再教育は、おまえが早く大人になれるようにするためなんだ。それができるようになれば、いいポストを用意するよ。」と言った。
阿成は、この状態が二年続いた。
二年後の阿成は、多くのことを学んで、賢くおとなしくなっていた。まもなく、彼は事務室の副主任に抜擢された。阿成は副主任になり、別の部署を経験し、今まで理解しにくかった多くのことが理解できた。阿成は、本来の性格としては、指摘をしたいと思ってはいるが、それでもじっと耐えていた。彼は、「沈黙は金」であることを学んだのだ。
ある時、局長はうれしそうに、阿成に向かって「おまえはよく成長したな。前途有望だ。」と言った。
一年後、阿成は主任に昇格した。
さらに一年経って、局長は退職する前に汚職で逮捕されてしまった。
局長が逮捕される前、市紀律検査委員会委員長が阿成に、彼についてあれこれ意見を求めた。阿成は、いろいろなことが思い浮かんだが、言いたいことをあえて言わなかった。しかし心の中では、葛藤が激しく渦巻いていた。
市紀律検査委員会委員長は、重々しい口調で「君は何年も働いているのに、どうしてまだ大人になれないんだ…。」と言った。
阿成は、洗いざらい話すことにした。でも、彼はこれはおとなのすることか、それとも子どものすることか、はっきり理解できなかった。
原題 「成熟」